この父親、「精神科医のイメージが湧いた」と言っていますが、検察官にレクチャーされているのでしょう。本当に分かるとは思えません。となると「偽証罪」ということも出てきますが。常識から言って、医師だろうが、一般人だからわかないだろうと思います。そこに検察の捜査があったということで、特定していったのではないでしょうか。佐藤優さんや田中森一さんの本を読んでも、検察官はめちゃくちゃですね。

この告訴が変だと思った根拠が幾つかあります。一つは「えげつない」(毎日新聞)と父親が言ったところです。彼は、自分のやってきたことが分かっているのだろうかと。この引用本「僕はパパを殺すことに決めた」を図書館からやっと借りられてよんだのですが、父親から非常に酷いDVを受けていました。家族全員です。カッーとなったら何をするかわからないとのこと。前妻は「夫に殺される!」と何度も思ったと証言しています。このように、自分が原因で、自分の息子が「パパを殺す事に決め」て放火殺人をしてしまったことを何とも思っていないように感じます。「僕はパパを殺す事に決めた」という言葉は、加害少年の言葉だったようです。この父親こそ「えげつない」と言えるのではないでしょうか。この本がきにくわないから、鑑定の医者を告訴するとはお門違いではないのでしょうか。出版社なり草薙さんに抗議すれば良かったのではと思います。そこも変だと思いました。1民間人が、本が気に入らないからと言って、刑事告訴する?のでしょうか?弁護料も莫大だろし(まあ、検察主導だったらタダ)、もっと自分が表にさらされることになりますよ。だったら、これまでの犯罪関係の印刷物を出した人を誰でも「きにくわない」と言って刑事告訴できるということになってしまいます。医者や学者は、学会などで、話すではないでしょうか。漏示罪は、話してもも見せても罪になってしまうというものですよね。だとしたら、誰でも漏らしたということで刑事告訴されてしまうということになりかねない。言論の自由を考えるとかなり問題な刑事告訴だと思います。

国民の知る権利を考えるとあれだけ世間を騒がせたことを国民は知らなければならないと思います。親殺しや家族殺し、通り魔的な殺人は社会の問題でしょう。何故、起きたのか、教育関係者、保護者、医者をはじめ、多くの人は知りたいと思います。だから、調書を見せたのではと推測ですが、思います。

また、”鑑定医だった崎浜被告が長男を広汎性発達障害と診断したことについて父親は「長男にとっては良くない。(殺意なしという)鑑定の結論は、わたしも思っていた」と答えた。”(共同)
とありますが、この鑑定の結論で、この少年は3人を殺していながら(この罪だったら検察官送致)少年院送致となったと思えますが、それに感謝もせずに、訴えるとは驚くばかりです。ここも変だと思います。


Gravatar ムッシュータケさん、コメントありがとうございました。
確かに告訴自体の正当性が争点になりうる裁判であるのでしょうね。

> 出版社なり草薙さんに抗議すれば良かったのでは
そういえば、この事件は民事の方向には進まないのでしょうか。刑事裁判の成り行きをみて、ということになるのかもしれませんが。


Gravatar 告訴自体の正当性を何故、もっと追求しないのだろうと不思議に思います。弁護士は何をしているのでしょう?

こんな告訴が許されるのなら、誰でも起訴されてしまいます。学者や医師が、自分の研究が公表できなくなったら学問が成り立ちません。報道だって、行政側からの垂れ流しだったら、この行政官も起訴されることになりかねません。

草薙さんの書いた「いったい誰を幸せにする捜査なのですか」をこのお正月に読みました。
端的に言うと、共謀罪(?)で草薙さんを起訴しようとしていたんです。検察は初めの捜査は京大の精神科医との不倫があると思い込みで、そこに崎浜鑑定医と金銭の授受があったということで、捜査を開始したようです。怪文書も誰か精神科医が作成して流したようです。その文章に不倫や金銭の授受があるとなっていた。鑑定医か京大の精神科医が恨まれていたのではと推測されますが。虚偽の情報を掴まされた検察ですが、その精神科医は罪の意識はあるのでしょうか。数年前に起こった西山事件の再来にしようと仕立てたんです。しかし、草薙さんからは出てこない、今度はその京大の精神科医に無関係なのに強制捜査をするという始末。あげくの果てに、何も出てこないから、検察の面子があるため、鑑定医を逮捕したということです。
鑑定医は「見せた」と言っているようなので、逮捕したということのようです。
検察官の言葉も下品で、夫婦生活のことなどを聞いていたようです。
この鑑定医も草薙さんも出版元である講談社も、現状の少年犯罪を少しでも防ぐことが必要だということを考えていたと思われます。それで、あの「僕はパパを殺す事に決めた」を出版したようです。

1個人の家族の事で、刑事告訴を取り上げることに疑問を感じます。そう、民事でいいのではないでしょうか。こんな不況の時代に、国民の税金を使って捜査することなのでしょうか。50日間の捜査で、奈良からわざわざ東京に行っての捜査なので1千万円位は使われているでしょう。それを首を切られた派遣社員に配ってあげればいいのにとつくづく思います。国民にその会計を公表して欲しい位です。

やはり、放火殺害事件が起こらなかったら、鑑定医の逮捕起訴はなかったと思います。その原因は何かを良く考えて欲しい。その原因を公表されたら、刑事告訴というのは、どうも腑に落ちない。
「えげつない」は告訴人の父親と少年ではと思います。3人を放火殺害したことを忘れてしまっているとしか思えません。


Gravatar ムッシュータケさん、コメントありがとうございます。
調書の漏示と研究発表とは少し分けて考えた方がいいのかもしれないとも思います。
あとこの事件そのものが少年事件であり、本来「原因」にあたるようなものが、公的な手続きでは公表されないものであると言う点もおさえておく必要がありそうです。落ち度があるから告訴の権利が制限されるというロジックにはちょっと無理があるように思います。

やはり告訴は当然とした上で「なぜその対象が鑑定医なのか」を問うていくことの方が、法的には意味があるような気がします。ただ、以下のような専門家の見解もあります。
http://motoken.net/2008/12/11-08.../11- 085127.html

このあたりは裁判の中でどのような結論になってゆくのか、気になるところです。


Gravatar 被告を鑑定人として推薦した教授が、ライターとズブズブな関係なのです。一般雑誌で何度も対談したり、自身の責任編集の専門誌に被告やライターにも書かせています。検察の入れ知恵の有無はともかく、入れ知恵がなくても被告とライターの関係には容易に到達可能です。
http://www.seiwa-pb.co.jp/search...25/ 02index.html

ところがwikiの教授の項目は、まるで本人が記載したかのように教授自身の無実を強調してます。教授に道義的責任はかなりあると見るのが常識感覚だと思うのですがね。


Name:

Email:

URL:

Comment:  ? 

 

Commenting by HaloScan