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牛犬です。最高裁にその判例について問い合わせたところ、最高裁からの返答は「その判決はもう所蔵されておらず、この一審の行なわれた地方裁判所のある地方検察庁に移送された」とのことでした。早速、その一審が行なわれた地方裁判所がどこなのか聞いてみると大津地方裁判所ということなので、大津地方検察庁にその判決を所蔵しているかを尋ねてみました。「古い判決なのであるかどうか分からないので探してみます。1週間以内に連絡します。」ということでした。ですから、もし判決が残っていれば1週間以内にどのような判決であったのかを知ることができると思います。


しかし、判例ではなく判決なのでプライバシーの問題等があり、詳細を知ることはできないので、法律的な問題についてこちらの質問に答えてもらうように検討してもらうことになりました。私は、この調書は公判段階で三二六条に基く同意がなされたために証拠採用されたのではないだろうか、と推測しているのでその点に関して質問しようと思います。Apemanさんも判決に関して質問等があればお知らせいただければ、私がその際に聞いておきますが。

最高裁判例調査会の方にも連絡をとって判例が残っているかどうか聞いてみようと思います。


たしかに要旨だけですからなにか決め手になっている付帯状況があった可能性は否定できませんね。ただ、326条により証拠採用されたというケースは別の判決要旨ではきちんとその旨記されているので、なにかあるとすれば別のことだと思いますが。
私の主張にとっては、この要旨に記されていない何かが全文にあれば有利になる、といったことはないので、いまのところ特にお願いすることは思いつきません。当方でも、この判例に言及している文献がないかどうかなど調べてみます。


牛犬です。私が「解せない」と言ったのは「全ての判例が判例集に入っているはずだから入っていないのは解せない」という意味ではなく、Apemanさんの挙げられた判例が主張通りのものであれば、「先に私が挙げた二二八条二項の適用に関する判例に対して新しい第三の適用条件を示したことになりますから、後の裁判の参考にするために判例集に入るべきであるのに入ってないのは解せない」という意味です。「全ての判例が判例集に入っているわけではない」などというのは当たり前すぎて理解するまでもなく、周知のことです。


それから、私が最高裁の判決を検討しているのが解せないと述べられておられますが、私は三つの判例から直接Apemanさんの主張が論証されるわけではないことを論証したに過ぎず、なんら判決を批判したものではありません。被告側の反対尋問権が行使されたのか、放棄されたのか、という私が知りたい情報について何も述べていない不完全な情報を引用された上、判決理由についての説明を引用されたApemanさん自身がなされる様子がない以上、採用理由についてキチンとした情報を私が得るまで出来る事は三つの判例によって直接Apemanさんの主張が論証されるわけではないことを論証することぐらいしかないのでそれを行なったにすぎません。


いずれにせよ、その判例がどのようなものであったかは来週になれば分かるでしょうから、この判例についてのコメントはここまでにして明日からは本来の論点についてコメントしていきたいと思います。


「解せない」の意味については了解しました。しかし、今回補足していただいたような意味で「解せない」とおっしゃるのは、要するに牛犬さんが「新しい第三の適用条件を示した」と理解しておられるからです。この前提が崩れるならば、言い換えればこれまで牛犬さんが援用されてきた2つの判例が「適用条件」を示していたのだという理解が間違っているなら、最判五〇・三・二五は特に目新しいものではなく、それゆえ判例集に収められていないのもおかしくはない、ということになります。


このように考えると、牛犬さんご自身が引用された団藤重光の『新刑事訴訟法綱要』が、「その後の判例は、公判廷で被告人の反対尋問にさらすことをも要件としない趣旨かとおもわれる」という理解を示していたことが重要になります。ここで団藤氏が援用し、その後も牛犬さんによって「公判で尋問していない場合には326条適用が必要」という主張の根拠とされている判例、最判二七・六・十八、刑集六・六・八〇〇を検討してみましょう。


この判例のうち、牛犬さんがまだ引用されたことのない部分に、次のようにあります。
「刑訴法は、受訴裁判所の訴訟手続に関する規定として右二二八条等の規定にかかわらず更に刑訴三二〇条の規定を設け前記憲法の条項に基く刑事被告人の権利を充分に尊重しているのである。」
つまり、228条2項により被疑者側の立会が排された証人尋問の調書は、刑訴法320条により「それ自体では証拠能力を持つものではない」のだから、違憲ではないのだということです。


言い換えれば、その供述調書が320条の原則への例外を規定した321条以下によって証拠採用されるなら、それは調書の証拠能力を「それ自体」として認めたわけではなく、改めて321条以下の条項によって認めたのであるから、憲法37条には反しない、ということです。そしてこの判決が326条を挙げているのは事実問題として326条が適用されたと考えられるからであって、他ならぬ326条にあてはまることが必要だと言っているわけではありません。判決文でも「刑訴三二〇条所定の同三二六条」という表現を使っています。


そして「刑訴三二〇条所定の」という条件はもちろん321条にもあてはまります。つまりこの判決は326条による証拠採用が必要だと言っているのではなく、321条以下の例外規定によって証拠採用してかまわない、と言っているのです。つまり団藤氏の「その後の判例は、公判廷で被告人の反対尋問にさらすことをも要件としない趣旨かとおもわれる」という要約は、そのまま素直に読めばよいのです。326条が十分条件に過ぎず、必要条件(の一つ)ではないということがこれで明白になったと言えるでしょう。


なお、私は最判五〇・三・二五にもとづいて自説を主張しているのであって、この判決が援用した3つの判例に基づいて主張しているのではありません。この3つの判例の理解をめぐって議論することもできるのですが、それは五〇・三・二五の詳しい内容が分かれば意味のないことなので止めておきます。なお五〇・三・二五の場合、証人が「死亡」したため…とあるのですから公判で尋問を受けていないことは明らかでしょう。


牛犬です。私の引用した二つ目の判 に対する反論はまた次の機会にした と思います。とりあえず、今回は9 5日付け再反論への反論(その1)に 対するコメントを行いたいと思いま 。

「当ブログ(の当カテゴリー)にと ての主たる関心事はロッキード事件 もロッキード裁判でもなく、ロッキ ード裁判をめぐる言説である。」と れていますが、このことに私は先に 意しています。そして「いいかえれ ばここで重要なのはロッキード裁判 判決を批判するにせよ支持するにせ 、その議論がデタラメである(事実 誤認に基づくとか、論理的に破綻し いるとか、法解釈を著しく誤ってい といった意味で)かどうかであり、 最高裁の判決に一致しているかどう ではない。」と述べられていました 、私は立花さんらの議論の「


私は立花さんらの議論の「免責に関 る法解釈が著しく誤っている」とい 意味で法解釈の最終判断権の最高裁 の判例に言及したのであって、彼ら 議論の妥当性は「極めて不当」と評 するものです。判決に一致している から不当というものではなく、彼ら 「法解釈上の誤り」を指摘している です。ですから、反論したいのであ ればApemanさんご自身が「彼らの免責 関する議論にどれほどの妥当性があ のか」を説明すれば良いのです。よ く引用されるランダムサンプリング た15冊のうち、免責は妥当と主張す 本から「何故免責が妥当であるか」 引用し、論証されると良いのではな いでしょうか。私としても是非検討 てみたいので、何年にどこから出版 れた誰の何という本か紹介して頂き たいものです。それに大野説に反対


それに大野説に反対しているという2説が誰のものなのかもお知らせいただけると幸いです。大野説の妥当性が議論の対象になる以上その2名の説の妥当性も議論の対象にするべきでしょう。


重ねて述べておけば、9月5日付け再反論への反論(その1)において『私が「免責」をめぐる言説を自ら進んでとりあげたのも「コーチャンらは免責されていたから偽証罪に問われ、嘘のつき放題であった」とか「検察が免責を要求した」といった、議論としてデタラメなものについてだけのはずである』とされていますが、Apemanさんは立花さんの議論や一、二審判決を妥当とされているのですから、免責に関する彼らの意見も妥当とされているはずです。立花さんは免責は異例だが適法かつ妥当と主張しているのですから、この議論の妥当性についての挙証責任がApemanさんにはあるのです。


それから『なにより「法律的に疑義のある問題に関する解釈の最終的な判断決定権のある最高裁」の判決に一致しているか否かでロ裁判を巡る議論を評価するというなら、「ロッキード裁判は暗黒裁判であった」という主張は間違っていることになり、したがってその主張を批判している立花隆および私の主張は基本的に正しい、ということになる。』と述べられておられますが、ロッキード裁判が暗黒裁判であると言われるゆえんは「免責付与下の嘱託尋問調書が反対尋問なしに証拠採用された」ことにあるわけですから、免責を理由に調書の証拠能力を否定したこの判決はむしろ暗黒裁判論による批判のとおりの判決です。また、これは単なる傍証にすぎませんが、1審に6年、2審に4年かかったのに対し、最高裁の判決が出るまで8年かか


また、これは単なる傍証にすぎませんが、1審に6年、2審に4年かかったのに対し、最高裁の判決が出るまで8年かかっています。原判決が妥当であればそれを支持し棄却するだけなので、判決にこんなにも時間がかかるはずがありません。


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