(^^)v3 smile peace ver.3

本題からずれてしまいますが、この11条の「与えられる」という表現が気に入っていません。一体誰が与えたものなんでしょうね。


いわゆる上から目線。ですかね。

私は憲法学者ではないので、わかりませんが、この憲法を作った人間が誰なのか、この憲法を考えた人間が誰なのかそんなのは関係なく、「国民が主人公」。ここだけで理解しています。
この憲法を維持管理していくのは「国民」であって、それ以外ではないと思います。従って、国民の人権を維持・管理していくのとやはり同じ「国民」。

政治家というのは国民と区別されるべきものではないですし、官僚なる者もしかりですよね。ただ、どうもその前の貴族院やら、主権が天皇にあったなごりなのか、「お上」意識が私にもあります。国民全員の合議制。これが本来の姿なんでしょうが、それは無理。だから議員制度。
議員制度の無理は承知で国民主権を維持していく方法や手法を議論すべき。その中には憲法改正論議が含まれてもいいと思います。ただ、改正ありきではダメでしょうけど。
選挙が近くなるにつれ、無関心を装う人が取り上げられますが、いつも寂しく思いますね。自分の事なのに。


> 国民の人権を維持・管理していくのとやはり同じ「国民」
まさにそのとおりで、11 条の表現に欠けているのは、人権を持っているもの達が主体的に自分*達*の人権を維持するという決意なんですよねえ。

individualist と言えども、人権を一人で獲得/維持することはできません。自分の individuality を確保するためにも皆の人権を共に守っていく必要が本当はあるはずです。

individualist もおしなべてこの決意を持っている社会だとすれば深刻な生きにくさもきっとないだろうと思うのです。そういう意味でやさしさというのは感情ではなく決意なのかもしれません。


くどく言うつもりはないんですが、日本人が認識している“人権”というのは、国際的に見てむしろ少数派ですよね。未だに肌の色で差別される。生まれた場所で差別される。「生まれながらにして」権利が制限されている人たちがいかに多いことか。
権利そのものを認められていないところもあります。

日本だって、女性が参政権を得たのはつい最近ですもんね。
この辺きっともっと議論していい話だと思うんです。

#だいたい、歴史が縄文・弥生時代から学びはじめる意味がわからん。近代から行けばいいのに。


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