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私は村上節には思わず引き込まれてしまうと同時に、個人的には何か居心地悪さも感じちゃう方です。

人間の思考は書き言葉に定着しなければ、明確化されないものとは思いますが、言われてみると、私の場合は「考えながら書いてく」というより、一応考え整理しないと書き出せない方だなとか思いました。つい見取り図書いちゃったり。

どうも明快でないものは信じないという思考癖なもんで、書くものは干物みたいになりがち。軽足でそこここを見通しのきかないまま徘徊し、思いついて隅の戸棚の裏を覗いたりしながら、それでいて大切なものは奥の方からそれとなく拾い上げてくみたいな村上さんの「軽業」には驚かされます。

LPとCDの聴体験の差は、日本でも欧州でも多くの人が語り書いてることですけど、「どこか清潔で上品なホテルのロビー」とか「ふっくらが消えてすかすか」とか、正直なところ既にレコード雑誌の類でも見聞きした覚えのあるような表現で、村上さんでもこんな感じかぁとちょっと失望、正直安心みたいな(笑)。例の「ファーストフード」発言がアタマよぎったり。

床屋をめぐる「迷想」なんかは、きっと村上節の威力全開で、ヒザ叩き続けてるうちに終わっちゃう感じでしょうね。


Gravatar >Verdiano さん、

>>個人的には何か居心地悪さも感じちゃう方
この感想、とてもよく理解できます。(^_^)

この本は講談社の「本」という小さな雑誌に連載されたものだそうです。この雑誌がどういう性格のものかわかりませんが、依頼された場合にはその雑誌の読者層を考えて調子を変えるということもプロの作家らなやりそうなことだと思います。(先の「村上ラヂオ」が anan 向けのごく軽いものだったように)それを下敷きにして読むとまた読後感が違うかもしれませんね。

そういう視点でこのエッセイ集を読むとやはり最後の章「さらばプリンストン」に書かれている翻訳に関するものが村上春樹本来の姿をかいま見せているかもしれません。


Gravatar さきごろ刊行された「走ることについて語るときに僕の語ること」(文藝春秋)を買いました。
書くことと走ること や 老いについて書かれていて面白かったです。高校生のころ、はじめて読んだのは短編集「納屋を焼く」や「中国行きのスローボート」でした。高岡市立図書館(富山)で勉強の合間に読んだとき、とても新鮮でした。村上春樹の翻訳「ロング・グッドバイ」(チャンドラー、早川書房)は今年読んだ小説ではカズオ・イシグロの「わたしを話さないで」(早川書房)に次いで良かったですよ


Gravatar >リチャードさん、

「やがて哀しき外国語」の中でもマラソンについての一章がありました。あれも病みつきになるようですね。

ちなみに、ここでリチャードさんが挙げられた村上さんの本はどれも読んでいません。(^_^;)
もっと読みたいと思います。


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